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  • 2016.05.08 Sunday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


少しだけ旅行してきた

 暑い日が続いている。今日も涼しくない朝。今朝の最低気温は24度。夜や早朝が涼しくない長野市に、価値はあるのだろうか。いつも通り風呂掃除。その後は雑用をこなした。お昼には33.6度になり、昨日に続き暑い日となった。それでも、35度を超えなかったのだから、暑さは和らいだと言うべきなのだろうか。

 今週の長野市は、晴れ予報の日が続いている。気温も32度、33度予報が並んでいる。ただ、最低気温が20度近いので、昨日、今日の様な暑さが続くわけでは無さそうだ。当たって欲しい。立秋を過ぎたところから毎年暑くなるが、今年もその通りになった。この暑さが1ヶ月は続くのだろう。まだ先は長い。

 先週のFitbitのログ。8/4〜8/10までの統計で、48,717歩だった。1日平均6,960歩だ。先週より569歩増えた。木曜、金曜に、かなりの距離を歩いたおかげだろう。それ以外の日は、特に歩いたわけではない。木曜日は特に歩いて、18,148歩だった。距離にして12.7km。1万歩を超えたのは2回目だが、2万歩に届きそうなぐらい歩いたのは初めてだ。やれば出来るらしい。
 あとで書くが、先週の水曜日から連休に入っている。休みの日は特に歩数が落ちる。来週は、1日平均4,000歩も歩けば上出来だろう。少しだけ出掛ける予定はあるが、さてどうなるだろうか。


 先週の水曜日から盆休みに入った。リフレッシュ休暇の3日分を繋げたため、普通より速く休みになっている。木曜、金曜と、久しぶりに泊まりがけで旅行へ行ってきた。旅行といっても白樺湖だ。あの辺りは、長野県茅野市になるのだろうか。つまり県内。長野市からは1時間30分ぐらいの位置だ。平日だったので道は空いていた。
 行き先は白樺リゾートファミリーランド。子供向けのテレビを見ていれば、必ずCMが打たれているので知っている方も多いだろう。近くにある池の平ホテルは、仮面ライダールームや、プリキュアルームがあるので有名だ。その様な場所なので、家族連れが多い。今回泊まったのはそのホテルだが、普通の部屋だった。
 嫁と上の子は、ファミリーランドのフリーパスを買って遊んでいたが、自分と下の子は白樺湖周辺をうろうろしていただけ。標高が1,400m以上あるので、涼しいと言わないまでも、屋外でも過ごしやすい程度の暑さだった。下の子とウロウロしていた関係で、先ほど書いた18,148歩になった訳だ。下の子はまだ1歳3ヶ月。遊具に乗ることには興味がなく、回転する遊具を見てははしゃいでいた。それと草花。安上がりだ。
 宿泊するとフリーパスが割引きで買えるチラシを持っていたので、ファミリーランドの料金は安く済んだが、宿泊費はシーズンなので高い。時期的に仕方がないかという感じだ。施設は池の平ホテルを中心に建てられており、その周りだけで全てが済む。年齢的には、幼稚園児から小学校6年程度までなら、完全にカバーできるだけの設備がある。客層もその年齢の家族連れだ。車のナンバを見ると、関東、中部、関西が殆どだった。あの辺りから来れば、避暑地として感じる気温だっただろう。逆に県内客で宿泊は少ないようだ。諏訪ナンバが多かったので、殆ど日帰りだろう。平日の割りには人が多かった感じがする。意外に景気は良いのかもしれない。

中欧旅行 〜7日目・Praha Castle - Golden lane(プラハ城 - 黄金の小路)〜

 またも1ヶ月近く空けてしまった。旅行から1年経ったが、まだ書き終えていない。旅行から帰った当時、3ヶ月以内には書き終えるぐらいの気持ちでいた頃がなつかしい。

 風待ち日記の中の人から、「旅行中にメモを取って、それを元に書いているのか?」と尋ねられたので回答。
 Answer -> 全て記憶を元に作成しています。
 旅行前や旅行中に、後で記録を書く考えは一切なかったので、写真を撮る程度の事しかしなかった。今から思えば、要所でメモぐらい取っておけば良かったと思っている。記憶を元に書いているので、正気な話、この旅行記の正確性は保障できない。これから旅行に行かれようと考えている方は、当ブログは参考程度に見て頂き、正確な情報は別ソースを求めて頂きたい。


 今日の記録はプラハ城の後から。敷地内にある黄金の小路と呼ばれる場所。元は城に遣える人たちの住居だったが、そこに錬金術師たちが住むようになり、その名称が付けられたそうな。


黄金の小道_01
 黄金の小路の前に、その途中にあった聖イジー教会。音楽祭がここで開かれるそうな。


黄金の小道_07
 これが黄金の小路。狭い。そして人が多い。スリたちにとっても黄金の小路との事だが、その理由も良く分かる。


黄金の小道_05
 レストランの看板。豚に羽が生えて昇天する姿だと思うと、なんともセンス溢れる看板だ。きっと豚肉料理がメインなのだろう。


黄金の小道_06
 この様に小さな家が立ち並んでいる。ほとんどの家はショップになっており、窓には綺麗なディスプレイがされていた。それにしても人が多い。


黄金の小道_03
 黄金の小路でもっとも有名な家。N.22が入り口に書かれた、青い壁の家。作家のフランツ・カフカが仕事場にしていた家だそうな。入り口は非常に小さいが、中も驚くほど狭い。カフカの代表作は「変身」らしい。原文が読めるので、興味のある方はどうぞ(リンク)。リンク先は原文なので、もちろん英語ですらない。これは何語だろう?


黄金の小道_09 黄金の小道_10
 全ての家の壁は、この様に色が塗られている。右側の写真は何の店だか分からないが、キャラクターがどっかで見た青い猫に似ていると思った。


黄金の小道_08
 黄金の小路で家を見ていて思ったのだが、全ての家の2階部分が繋がってる様に見えた。これまでの写真でも2階部分が繋がっている様に見えると思う。気のせいだろうか。


黄金の小道_11
 黄金の小路の突き当たり、ここを通って外へでた。昔のままで、石がむき出しだった。


黄金の小道_12
 外に出るとこの様な感じ。この向こう側が黄金の小路。もしかすると、あの家は城壁の一部なのかも。


黄金の小道_14
 鉄を加工している人がいた。おみやげ物を作っているようだ。暑そうだ。


黄金の小道_15
 黄金の小路を出たところにあったおもちゃ博物館。時間が無かったので中には入らなかったが、どのような物が展示されているのだろう?


黄金の小道_17
 プラハ城の外へ。道路工事中かとおもったが、近づいて見ると発掘調査の様だった。昔の住居跡らしきものが見えた。


黄金の小道_18
 坂を下ってカレル橋の方へ。高い場所なので眺めが良い。この辺りから日が照りだし、だんだん暑くなってきた。日差しが強くて眩しかった。


黄金の小道_21
 路面電車が走っているので、周りを見て歩かないと危険。街並みと路面電車が似合っていた。もちろんこの街並みが出来た当時には路面電車なんて無いので、後世に追加されたものなのだが。不思議なものだ。


黄金の小道_23
 ちょっとした建物の角に、この様な像が建っている。街全体が整備されていて綺麗だった。
 

 この後カレル橋に到着するが、それについては次のエントリで。今月中には書く予定。

中欧旅行 〜7日目・Praha Castle - outside(プラハ城 - 内部)〜

 油断すると1週間も空けてしまうあたり、本気で書き終えようとしているのか自分でも疑いたくなる。ちょうど一年前の今日、プラハに到着して観光をしていた頃だ。今回はそのプラハにあるプラハ城のエントリ。

 前回はプラハ城の外まで移動したところで終わった。本日は内部。プラハ城内は撮影可能。入城制限をしていて、内部が混み合わないように配慮されていた。

プラハ城_03
 中に入ってすぐの光景がこれ。きらびやかさは無いが重厚な建物であるイメージを受けた。


プラハ城_02
 天井はものすごく高い。採光用の窓があるので、城の内部はかなり明るかった。


プラハ城_01
 目線の高さにある窓にあったステンドグラス。非常に多彩であり、作成に時間が掛かっただろうことが想像できる。この他にもステンドグラスは飾られている。どれも非常に美しい。


プラハ城_05
 床はこの様な感じ。ツルツルした質感。床も建設した頃から同じものなのだろうか?それにしては綺麗過ぎるので、どこかの時代で修復したのかもしれない。


プラハ城_06
 壁にはスロバキアの国章があった。少し前までチェコ・スロバキアだったのだから、チェコにこの国章があっても不思議ではないと思う。


プラハ城_07
 柱に取り付けられていたオブジェ。何か名前があるはずだが分からない。窓部分には絵画が飾られている。作った当時はピカピカの金色だったのだろう。


プラハ城_08
 星の中心部分にガラスが埋め込まれていた。RPGのアイテムにありそうな感じ。こういう物を見て、そう考えるのがゲーム脳ってやつだろうか。


プラハ城_10
 何か意味のある話の一場面だと思ったが、すっかり忘れてしまった。


プラハ城_11
 こちらは銀細工。ネポムクの棺。王様を怒らせて殺害され、カレル橋から投げ捨てられたそうな。ここまで書いて思い出したが、ひとつ前の写真はその様子を描いたものだったのかも。なお、ネポムクの像は頭の上に星が載っているのですぐに判別が付く。この後行くカレル橋にもネポムクの像があった。


プラハ城_13
 内部はこの程度の混み具合。規制のおかげで人がぶつかるほど混み合っていない。観光客はほとんどが外国人だと思う。話している言葉が英語だったり、中国語っぽかたり、世界中から人が集まる観光地とはこの様になるのだなと思った。


プラハ城_15
 内部を1周回って外へ。内部の作りも細かいが、外壁の作りもまた細かい。いったいどれぐらいの時間をかけてこれを完成させたのだろう。


プラハ城_17
 劣化が激しいのか、補修工事をしている部分もあった。いくら石造りとはいえ、雨風に晒されれば劣化もする。それでも補修の技術がある限り、原型を壊すことなく補修により生まれ変わっていくのだろう。


プラハ城_19
 補修工事をしている近くの外壁。黒っぽいのは汚れなのだろうか。写真では分かりにくいが、ひび割れがあったり、一部剥げている場所もあった。


 この後は黄金の小路を抜けて徒歩でカレル橋へ。それは次のエントリで。

中欧旅行 〜7日目・Praha Castle - outside(プラハ城 - 外部)〜

 2日連続の更新。ペースを上げて、少しでも終わりに近づけるようにしてみる。

 ストラホフ修道院から徒歩で移動すること数十分。目的の建物が見えてきたのが前回の最後。


PrahaCastle_Outside_01
 前回の最後の写真から、目的の建物へもう少し近づいたのが下の写真。奥に見える黒い建物がそれだ。この建物はプラハ城。写真を撮っている位置はプラハ城正門前の広場だ。


PrahaCastle_Outside_06
 正門前広場は広い。朝早い時間帯だったが、すでに観光客がすごく多い。車道もそうだが、正門前広場も石畳。写真中央右よりに人だかりができている。そこが正門。


PrahaCastle_Outside_04
 入り口にはこのような像があった。何を表しているのか分からないが、不審者は捕まえるという意気込みは伝わってきた。たぶんそういう意味だろう。


PrahaCastle_Outside_05
 上の写真で門の両脇に立っているのが名物の衛兵。門の両脇に小部屋があり、その前で銃を手に直立不動の姿勢を取っている。写真の制服は夏服との事。涼しげだ。

 チェコの公式HPを見たら、衛兵の要求事項が公開されていた。英語で書かれたHPもあるのでリンクを張っておく(Castle Guard Enrolment Requirements)。
 リンク先には4つの条件が提示されている。ざっくりとまとめれば、衛兵はエリート職であり、その中でも役員クラスになるには学士か修士が必要で、心身ともに健康である必要がある(要求3は私の英語力では訳せなかったので、分かる人はリンク先を見て欲しい。多分、法律の条項を守っているかのチェックだと思う)。
 かなり厳しいのは要求4で、身長制限が178cm〜188cm、太りすぎはダメ。ピアス、タトゥー、イヤリングなどの装飾品はNG。ヒゲは禁止で、髪型も軍規に基づいたもの。メガネの着用禁止などだ。


PrahaCastle_Outside_07
 後ろに立たせてもらって、衛兵が見ている風景を撮らせてもらった。広場を見渡せる。この後、隣に並んで写真を撮らせてもらった。門の両脇に一人ずつ、二人いる。片方の方はハンサムで観光客から大人気だったが、私は2つ上の写真の方と写真を撮った。軍人らしい見た目なのでという理由。


PrahaCastle_Outside_02
 広場から街が見渡せる。すばらしく眺めが良い。だんだん日が差して暑くなりはじめてきた。写真の左下、人だかりができている。


PrahaCastle_Outside_03
 人だかりの先に居るのはこの人たち。音楽はさっぱり詳しくないので、演奏している曲は分からなかった。アコーディオンは久しぶりに見た気がする。小学校の音楽室で見て以来か。


PrahaCastle_Outside_10
 門をくぐり敷地内へ。建物の置くにプラハ城が見える。プラハ城は世界で最も古くて大きい城とのこと。現在は大統領府として使用されている。国賓が来た時にはここに招待するらしい。


PrahaCastle_Outside_11
 ここが入り口。細かい装飾が施された作り。足元に立ってみるとその大きさが感じられる。内部が人であふれないように、入り口で入場制限されていた。朝早い時間ということもあり、そんなに混んでいなかった。

 この後内部に入るが、それは次のエントリで。

中欧旅行 〜7日目・Praha City(プラハ市内)〜

 気になったので調べてみたら、この旅行に出発したのが2008年6月12日木曜日だった。来週で1年になる。この旅行記を書き始めたのが、2008年6月29日日曜日。書き始めてからも1年が経ちそうになっている。せめて今月中には書き終えたい。今日から旅行7日目。最終日まで書き終えるのに、ざっと計算してあと12回のエントリが必要なはず。今月中は厳しいかな。


 一夜明けて今日から7日目。朝からプラハ市内を観光する。プラハはチェコの首都で、観光産業が盛んな都市だ。どこに行っても観光客が多かった。おそらく観光客の大半は外国からだろう。この日は朝から曇り空。天気予報を見ると昼から晴れるとの事。外国人観光客が多いので、英語で天気予報が書かれていた。ちなみに天気予報は的中。昼近くには真夏のような日差しで、サングラスが欲しいぐらいだった。


PrahaCity_01
 朝はストラホフ修道院へ。上の写真は修道院の近くにあった別の建物。屋根の上に像が何体も建っていた。何の建物なのだろう?


PrahaCity_02
 これがストラホフ修道院。内部は撮影禁止だったので写真は無い。内部には「神学の間」、「哲学の間」と呼ばれる図書館があり、壁一面に書物が収納されていた。博物館の様になっており、書以外にも昔の道具が展示されていた。その他にはストラホフ修道院のグッズを販売している売店があった。そこでストラホフ修道院の絵葉書を購入。いつものように自宅へ送付した。内部の写真は撮れないので、修道院内部の写真の葉書を買うのは1つの手だろう。他にも写真集もあったが、結構高かったのでお金が余っている方向けだ。


PrahaCity_03
 ストラホフ修道院から徒歩で移動。どこを見てもこのような建物で統一されている。左の建物の1階は、歩道に覆いかぶさるように作られていて、雨の日でも歩きやすいように作られている。手前は駐車場らしい。


PrahaCity_05
 大きくて立派な建物だ。何かの施設のようだった。建物の手前は利用者のための駐車場かな。看板は出ていたが、チェコ語なので何が書いてあるか分からず。


PrahaCity_04
 先ほどの建物から別角度で撮った写真。遠くに塔が見える。この塔、低いように見えるが実は高さがある。撮影した地点は、塔よりかなり高い位置にある。上の写真で塔の手前に木が見るが、その後ろは崖だ。


PrahaCity_06
 先程の撮影位置より低い場所に下りてきた。人だかりができていたが、何か有名な塔だったのだろうか?


PrahaCity_07
 時計塔を過ぎて目的地まで移動。車道は石畳。歩道は右に見える建物の1階部分。住宅街を通り抜けたので、あまり人は歩いていなかった。


PrahaCity_10
 建物に刻まれていた模様。遠くから見ると立体的に見える。つまり騙し絵。表面が白くコーティングされていて、それを削って下地を出している。手作りだろう。


PrahaCity_08
 脇道を撮影した。見ての通りかなり急な階段が続いている。今居る位置は市内でも高台のようだ。


PrahaCity_09
 目的の建物が見えてきた。写真左上に見える黒い建物がそれ。これについては次のエントリで。

中欧旅行 〜6日目・Praha(プラハ)へ移動〜

 再来週で旅行から1年となる。旅行の記録を書くのに、まさか1年も掛かると思わなかった。1年が経つ前に少しでも書き進めたいと思っている。

 今日は移動のみ。前回はチェコのチェスキークルムロフから移動を始めたところで終わった。


プラハ移動_01
 移動はバス。かなり距離があり、3時間ぐらい掛かったはず。写真はガソリンスタンドで給油を兼ねた休憩の時のもの。ヨーロッパではこれが普通なのかもしれないが、ガソリンスタンドには売店が付属している。上の写真の左側にも売店の建物がある。出発時は曇っていたが、移動の最中は晴天だった。


プラハ移動_02
 プラハのホテルに到着。雲はあるが良い天気。日差しは強いのだが、空気が乾燥しているのでそれほど暑いとは感じなかった。


プラハ移動_03
 ホテルの部屋から撮影したもの。すぐ近くに運動場があった。かなり明るいが、この時点で既に17時。緯度が高かったり、夏時間だったりと言った要因でこのような明るさになるのだが、本当に感覚が狂ってしまう。


プラハ移動_04
 これも部屋の窓から見えた風景。手前には線路が分岐している。奥に見えるタワーはテレビ塔。見ての通り全体的に高さの無い街並みの中で突出しているので目立つ。このタワー、別の意味でも有名だ。この距離からでは見えないが、近くに行くとタワーの側面に、顔の無い赤ちゃんが這っているオブジェが取り付けられている。Googleあたりで、「プラハ 電波塔」で検索すれば見れると思う。気持ち悪いし、タワー自体が街並みに合わないので、不要なら取り壊してしまう方が良いと思う。


プラハ移動_05
 部屋で休んでいると、遠くの方で真っ黒な煙が立ち昇る様子が見えた。火事だろうか?物を燃やすような場所には見えない。地元のニュース番組を見たが、それらしき報道は無かった。当然テレビの画像だけで判断している。言葉はさっぱり分からない。


プラハ移動_06
 部屋から見た夜景はこのような感じ。通りに沿って光が伸びている。ホテルが高台にあり、さらに高さのあるホテルだったのでよく見渡せた。

 テレビの話が出てきたので忘れないうちに書いておく。旅行中はCNNやBBCでニュースをチェックしていた。日本についての話題は宮城内陸地震の報道だけだった。最初にこのニュースを見たのが発生した日なので、ハンガリーだったはず。つまりハンガリーのホテルでも見れた。どこのホテルでも、地元テレビ局以外に、CNNやBBCなどのニュースチャンネルが用意されている。そちらは英語での放送なので、なんとか情報は仕入れられる。チェコではNHKの海外向け放送も見ることができた。こちらは日本語での放送なので日本人としてはありがたいが、世界向けに英語でニュースを発信している局が日本には無いのは残念だった。また、世界向けのニュース番組で、ほとんど日本の話題を目にすることは無かった。


 次回はプラハの観光。ストラホフ修道院やプラハ城などを回る。それは次のエントリで。


■地球の歩き方 チェコ/ポーランド/スロヴァキア

中欧旅行 〜6日目・Cesky・Krumlov(チェスキークルムロフ) その4〜

 奇跡の2日連続旅行記録。これも仕事が暇だからなせる業であり、つまり良くない傾向はあるが、しかし体と心には良い複雑な状況。つまり問題無い。


 今日でチェスキークルムロフを離れる。前回は城の見学をしてから中庭を回ったところまで。今日は城の塔に登る。


チェスキークロムロフ_2_15
 塔への入り口。建物の奥に塔が見える。写真では分かりづらいが、かなりの高さがある。入り口の時点で急階段である事が想像できた。


チェスキークロムロフ_2_16
 中は予想通り急階段。幅も狭く、登る人と降りる人がすれ違うのも大変。写真は塔の中ほどにあった鐘。今も使われているのだろうか。周囲の建築材から相当古いものであるように思われる。


チェスキークロムロフ_2_17

チェスキークロムロフ_2_18
 上の2枚が頂上から見た風景。赤い屋根の家が並んでいる。屋根は薄いレンガの様な素材だった。日本の瓦と違い、一つ一つが小さくて薄い。素材は何で、どうやって作るのだろう?
 下の写真は熊がいたお堀だ。昨日の2枚目の写真は、あの橋の所から撮影した。


チェスキークロムロフ_2_19
 城を出た後は、街の中心に向かい歩いた。どこもかしこも写真のような風景。発展に取り残されて昔の風景が残ったのは、本当に奇跡的な事だと思う。日本と違い、木造作りで無かった点も、今にその姿を残す要因だろう。


チェスキークロムロフ_2_20
 街の中心である広場。大勢の観光客が朝から来ていた。観光客は大勢いるが、チェスキークルムロフに宿泊する人はあまり多くないとの事。可能であればこの地に一泊して、観光客が引いた静かな街を歩くのも悪くない。


チェスキークロムロフ_2_21
 広場の中心にあった噴水らしきもの。現在工事中だった。

チェスキークロムロフ_2_22
 その噴水を囲む柵に貼り付けられていた説明書き。この写真では分からないが、一番下は日本語で書かれていた。それだけ日本人観光客が多いのだろう。


チェスキークロムロフ_2_23
 昼食の後は少し散策。ここで売っていた葉書に面白い形のものがあったので、それを買って自宅へ送付。形は円形で、中心に穴が開いたドーナツ状のもの。チェスキークルムロフの写真が貼られた絵葉書だった。


チェスキークロムロフ_2_24
 街の側から先ほど登った塔を撮影した。ここから見ると、崖の上に塔が建っているので、なおさら高く感じられた。


チェスキークロムロフ_2_25
 城の入り口前を通り過ぎて、バスへ移動した。雨はすっかり上がっていた。


チェスキークロムロフ_2_26
 帰り途中で見かけたレストラン。豚肉の料理を出す店だろ。この豚、ナプキンをしているが、自分が食べられる側なのだが。

 これでチェスキークルムロフの観光は終わり。今回の旅行の目的は、この地へ来ることだった。想像していた以上に中世の様子を残す街で満足。イメージを壊さないように、電線など当然無い。目立つ新築の家や、高い建物も無く、街全体が統一されていた。これが世界遺産の効果なのだろう。


 この後バスでチェコの首都プラハへ移動した。ここを出たのがお昼過ぎ、プラハまでは4時間近く掛かった。それは次のエントリで。

中欧旅行 〜6日目・Cesky・Krumlov(チェスキークルムロフ) その3〜

 1ヶ月ぶりに旅行の記録。この旅行へ行ったのは、2008年6月だ。そろそろ1年経ってしまう。旅行も半分を過ぎた辺り。6月中には書き終えたいと思うが、さてどうなるだろうか。

 前回はチェコの世界遺産の街チェスキークルムロフへ到着し、夕食後に散策をしたところで終わっている。今日は翌朝、クルムロフ城を見学したところからの記録。


チェスキークロムロフ_2_02
 写真は城の城門前。石畳を剥いで、何かの管を埋めていた。水道なのか下水なのか不明。結構朝早かったのだが、既に街は賑わっていた。


チェスキークロムロフ_2_03
 城へ続く橋から塔を撮影した。この塔は後で登る。この日は曇り空。今にも降り出しそうな様子だった。しかし寒くは無い。6月のチェコは快適な季節だ。


チェスキークロムロフ_2_04
 クルムロフ城名物の、お堀に住む熊。もっさりとした、いかにも熊といった感じ。
 昔、城主が森へ行ったときに熊と出会い、慌ててお城へ逃げた。逃げる城主の後ろを、熊はしつこく追ってきた。城主が橋を渡りきったところで橋を上げたところ、熊はお堀へ落ちた。熊はそこに住みつき、代々お堀で熊を飼う事になったそうな。
 歴代の熊は、これから入るお城の中に、剥製になって保管されていた。この熊で何代目かは忘れたが、城の中には5,6体以上の剥製があったような気がする。


チェスキークロムロフ_2_05
 これが城門。ここは騙し絵では無く、本物の石の凹凸だった。どれが本物でどれが騙し絵か、近くに行かないと分からないぐらい良くできている。


チェスキークロムロフ_2_06
 城門を過ぎたところに展示されていた大砲。昔はこれで城を守っていたのだろうか。立地的にも、周囲を川で囲まれ断崖絶壁に立つ城なので、守りは堅かったのではなかろうか。


チェスキークロムロフ_2_07
 建物のいたるところに、上の写真のような紋章が描かれていた。これがこの城の城主、ローゼンベルグ家の紋章とのこと。バラの花びららしい。


チェスキークロムロフ_2_08
チェスキークロムロフ_2_14
 城の建物に囲まれた中庭のような場所。上の写真、実は騙し絵だ。壁は平らで、ブロックに見えるように模様が刻まれていた。経費削減と聞けばケチくさいが、ここまで精巧に作られると、これはこれで貴重だと思った。
 この辺りに来たところで雨が降ってきた。強い雨ではないので、傘を差さなくても良いぐらいだ。


チェスキークロムロフ_2_09
 城へ上がる階段の途中にテラスのような場所があった。写真はそこから撮影したもの。右側に絶壁が見える。この上に城は建っている。

 この後内部を見学したのだが、そこは撮影禁止。中にあったのは礼拝堂や、生活していた部屋、当時の家具や食器、歴代の熊の剥製などだ。


チェスキークロムロフ_2_10
 内部を見学した後は、奥にある庭園へ行った。途中、城壁に窓がある場所があった。こうしてみると、窓の向こうの景色がミニチュアの様に見えてしまう。


チェスキークロムロフ_2_11
 庭園へ続く坂道。この道は馬車が通れるサイズの道で、今も馬車が走っている。道に落ちているのは馬糞。いつ掃除するのだろう?


チェスキークロムロフ_2_12
チェスキークロムロフ_2_13
 これが庭園。広大な敷地だ。広大ではあるが、綺麗に手入れされていた。


大きな地図で見る

 Googleマップの航空写真を貼ってみた。庭園の大きさが分かるだろうか。庭園の中ほどに見えるのが、機械仕掛けで有名な宮廷劇場。観客席が回転して舞台転換を行える。この日はここまで行かなかった。


 この後は城の塔に登り、その後は街の中心まで移動してお昼ご飯にした。それは次のエントリで。

地獄谷へ行ってきた

 週末は天気が良くないと聞いていたが、今日は曇りで雨は降らなかった。空気が乾燥しているので洗濯物が良く乾いた。明日は雨が降るらしい。来週は元会社の同期の結婚式があり、東京へ行く予定がある。インフルエンザで賑わっているナイスタイミングだ。

 先週の土曜日の記録。東京より友人が訪れたので、観光で地獄谷へ。世界的に猿が温泉に入ることで有名な場所。この日は朝から曇り空。今にも雨が降りそうな天気だった。
 地獄谷の位置はGoogle Mapを参照。長野電鉄の終点である湯田中から、さらに山奥へ入った位置。駅から地獄谷の駐車場まで30分ぐらいだろうか。


大きな地図で見る

IMGP6433
 地獄谷の駐車場からさら川を上流に歩く。ちなみに駐車場は1台500円。川の付近を歩いていると硫黄の匂いがする。所々、湯気が上がっている箇所も見られた。しばらく歩くと噴泉が目入る。この辺りまで来ると、噴泉の奥に見える斜面に猿が居た。

IMGP6434
 しばらく歩くと写真のような看板がある。この先が地獄谷野猿公苑。入園料は中学生以上は500円、5歳以上は250円。団体で来ると安く入れるようだ。詳しいことはHPに書いてある。

IMGP6295
 入園して一番最初に出迎えたのがこいつ。廃材の上で座っていた。色が同化していて、気づきにくかった。
 周囲を見回すと猿があちらこちらに居た。それよりも目立つのが、外国人観光客の多さだ。観光案内で紹介されたり、観光ツアーに組み込まれているそうだが、3分の1ぐらいは外国人観光客だった。

IMGP6316
 ここの猿は人に慣れていて、人の目の前を平気な顔で通り過ぎる。上の写真は前を横切った猿を撮ったもの。近づいてくるが、人に襲い掛かる様子は一度も見られなかった。

IMGP6323
 温泉に入る猿。実際は、温泉に入ることは少ないだろうと思っていたら、普通に入浴中だった。カメラを構えて近づいても上がる気配は無かった。温泉でリラックス中。

IMGP6327
 湯面に鼻息を吹きかけて遊んでいる猿もいた。お風呂で遊びたがるのは、人間も猿も一緒のようだ。

IMGP6375 IMGP6376
 橋のフェンスの切れ目から、川を眺める猿。ケツが痒いらしい。写真を撮っていたら、抗議の目で見られてしまった。

IMGP6382
 川にロープが渡されており、そこにバケツが吊るされていた。何に使うのかと思ったら、猿の遊び道具だった。タイミングによっては、このようにバケツに入って遊ぶ猿が見れる。

IMGP6406
 毛づくろいする猿たちも居た。この二頭は親子だろうか。子供が親の毛づくろいをしていた。親の表情が何とも気持ちよさそう。

IMGP6410
 頭を毛づくろいして欲しいらしく、頭を突き出してリクエストしてた。なかなか遠慮の無い関係でよろしい。


 そんなに広い場所ではないが、気がついたら1時間近く猿を見ていた。そろそろ帰ろうかと思ったところで雨が降り出した。
 人間に近いだけあり、動作や表情が人間らしい。それを見ているだけでも飽きなかった。交通の便が悪い場所ではあるが、わざわざ海外から観光客が来るだけの楽しさはあった。
 今回撮ってきた写真もフォト蔵に全てアップしてあるので、興味があればそちらもどうぞ。

中欧旅行 〜5日目・Cesky・Krumlov(チェスキークルムロフ) その2〜

 前回の続き。夕食を食べた後、町の中心へ向かい散策に出掛けたところから。


チェスキークルムロフ_10
 店はあるのだが、時間が遅いためすでに閉店していた。こんなに明るいが夜の8時過ぎ。少し雨が降った後なので、石畳が濡れている。


チェスキークルムロフ_11
 通りを跨いで家と家を繋ぐ通路のようだ。今なら大型車が通り抜けできないとかの理由で、絶対にこの様な物は作れないだろう。


チェスキークルムロフ_12
 遠めに見ると立体的に見える壁だが、寄ってみると写真のように騙し絵だと分かる。よく見ると窓が3つある。両サイドの窓は今も使っているようだが、中心の窓は未使用。確かこの窓、NHKの世界ふれあい街歩きで紹介されていると思った。


チェスキークルムロフ_13
 これは別の家。壁画が描かれている。細部を見るとボロボロなので、相当古い建物だと思われる。この家の壁もやはり騙し絵。


チェスキークルムロフ_14
 遠くのほうに塔が見えてきた。教会だろうか。かなり中心まで近づいてきた。この辺りまで来ると、営業している飲食店の明かりが見えてきた。


チェスキークルムロフ_15
 通りを振り返ると、崖の上にチェスキークルムロフ城の塔が見えた。写真では分かりにくいが、家の裏に結構高い崖があり、その上に城が建っている。この城は明日の午前中に行く。もちろんこの塔にも登ってきた。


チェスキークルムロフ_16
 モルダウ川(ヴルタヴァ川)に架かる橋のにあった像。奥に見える建物は城の壁。

 モルダウ川(ヴルタヴァ川)と言えば、音楽に詳しい人ならスメタナを連想するらしい。私はさっぱり詳しくないので分からなかったが。スメタナはチェコの作曲家で、代表曲である「わが祖国」の第2曲がヴルタヴァと言うそうな。名前を聞いたことも無かったが、 曲を聴いたら知っていた。ニコニコ動画にアップされていたので、見れる方はどうぞ。




チェスキークルムロフ_18
 川岸の小道を入ると、この様な感じ。両サイドは民家で、今も普通に生活している。石畳が続く、とても良い雰囲気の場所だった。


チェスキークルムロフ_19
 これは河川敷に降りる道の途中にあった店。何の店だか分からないが、入り口の右に描かれているのはクマだろう。何でクマかは、明日の城見物で分かる。


チェスキークルムロフ_20
 河川敷に降りてきた。奥のほうはレストランで、観光客が夕飯を食べていた。写真の右側が川。木の奥に見える建物は城だ。


チェスキークルムロフ_21
 先程渡ってきた橋だ。その奥に見えるのが、教会らしき塔。写真左側の大きな建物は城だ。この川は先程も書いたモルダウ川(ヴルタヴァ川)。後日、チェコの首都プラハに行くが、そこにカレル橋という有名な橋がある。その橋が架かっている川もモルダウ川(ヴルタヴァ川)。つまりこの川と繋がっている。
 この川は街を取り囲むように流れている。 下のGoogle Mapを見れば良く分かると思う。昔から水害が多いとの事。この地形では無理も無い。ちなみに、この橋は下の地図で上、つまり北に架かっている橋だ。



大きな地図で見る



チェスキークルムロフ_23
 川の対岸から城の壁を撮影してみた。よく見ると壁画が描かれている。なかなか細かい書き込みだ。


チェスキークルムロフ_24
 河川敷から戻り、ホテルへ戻ることに。道の角にはこの様な石が必ずある。昔、馬車が走っていた頃、馬車の車輪が当たって、家の壁が壊れるのを防ぐ目的で置かれたとの事。置石の上に、水平方向に傷が見えるが、もしかしたら馬車が擦った跡かもしれない。


チェスキークルムロフ_25
 先程の橋に戻ってきた。端の置く、崖の上に立つのが城の塔。見張り塔だろう。かなり見晴らしが良さそうだ。


チェスキークルムロフ_26
 帰る途中で気付いた看板。お茶の看板だが、ティーカップの中に"茶"の漢字がデザインされている。もしかして、左のポスターに描かれているのは日本の芸者だろうか。となると日本茶の店なのか。よく見ると人物の背景は日の丸の様に見えるし。不思議な店だった。中を見たが、夜遅いせいもあり閉店していた。

 ホテルに戻りこの日は終了。翌朝はチェスキークルムロフ城の見学からスタートする。それは次のエントリで。

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